ぴぃこの転職活動日記

26歳会社を辞めた私の転職活動日記

世界の恵まれない子供を論理の盾とする違和感

久しぶりにFacebookで見てるとPlanジャパンのキャンペーン、Because I am a Girlニュースをチェックする。
 
アジア、アフリカなど、世界には女性というだけで教育を受けられず、強制結婚や、早すぎる出産を強いられる女の子たちがいる。このキャンペーンは教育によって彼女たちの自立をサポートしよう、というもの。
 
この活動を知ってから、収益の一部がPlanジャパンに寄付されるチョコなどを買うようにしている。
 
ただ、特に日本のユーザーで残念なコメントを残す人が多くて悲しい。「えー、こんな現状が‼︎かわいそう‼︎」みたいなアホコメも多数。ホント、世界に日本語人口少なくて良かった。
 
 
やれやれで終わるコメントもあれば、やはり放っておけない発言もある。特にこんなのとか ↓
 
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とてもお門違いなコメントありがとうございます。元不登校児として、反論するのもあまりある論理崩壊ぶりでございますね。
 
って言いたいけどチキンな私は言えなかった。
 

「世界」を言い訳にするな

 
「世界には学校へ行けない子供たちがいるのに、学校へ行きたくない日本の子供はわがまま」
 
上記のコメントにはこういう感情が透けて見える。
 
 
でも、これをそのまま実現しようとすると、
 
「『キモい』『死ね』と言われても我慢して学校へ行け」
 
というトンデモない考えが通用してしまう。
 
 
子供の人権を主張しているように見えて、実は蹂躙した発言と言える。
 
これが「世界では〜」のフレーズを使うと途端に正当性を帯びてしまう。貧しく学校へ行けなければ守るべきで、裕福な国で学校がいやなら守るべき子どもではないと言っているようなものなのに。
 
それだけでなく、さきのPlanジャパンの取り組みも正しく捉えていない。彼らの目的は女性たちの自立であって、教育はその手段の一つだからだ。教育のありがたみを世界に問いたいのではなく、全ての人が自由に生きられる世界を目指して日々活動されているのだと思う。
 
 

画一的じゃない子どもの幸せ

 
教育を受けられるだけでも幸せ。
 
この言葉が通じる国とそうでない国があるのは一目瞭然。
 
教育問題は、全く同じジャンルではない。実は国や文化圏によって全く異なるアプローチが必要なもの。子供たちに必要なケアは決して同じではない。
 
 
何が人権を守ることで、何が人権を蹂躙するのか。自分の頭で考える人が増えたら、それこそ不登校の問題も女子教育の問題も解決するはずだ。