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ぴぃこ、息を吸う

アニオタ混じりのエイターで、絵を描く自称会社員のブログよろしく!

宿題に何も意義なんてないと認めることから始めよう

もうすぐ、夏休みおわりますね。
 
学生のみんな、宿題できたかなー?(嫌味な笑い)
 
 
学生のころ、こんなバイトがあったと知っていたら、やってたかも。
 
 
 
なんか、世間では否定的な見解も多いみたいだ。尾木ママも怒ってる。
 
 
元フジテレビアナウンサーの長谷川豊さんも怒ってます。
 
 
ただ、批判の的が業者や親に偏っているのはおかしい。
 
 
長谷川さんのブログ記事でも、妙なことが書いてある。
 
はっきり言っておく。「宿題」は子供の「義務」だ。色々と無駄なこともあるかもしれない。長い人生において必要ないかも知れないポスター作りなどもあるだろう。気持ちが分からないとは言わない。はっきり言って金で解決とは言わなくても、僕自身
「も~なんで、こんなことしなきゃいけないんだよ~」
と愚痴りながらやってたもんだ。
でも、それが社会だ。社会人になったって、無駄なことなんていくらでもあるし、理不尽なことくらい毎日のように体験する。
でも、義務ってものがあり、それをみんなで少しづつこなしているので、秩序のある社会が保たれる。みんながルールをほったらかしにし始めたら中国みたいな状況になる。そんな国でいいのか?僕はやだぞ?そんな国。
 
 
ここはおかしい。宿題は義務なんて誰も決めてない。宿題をやらなかったからといって学校を卒業できないわけでもないし、社会に出ても何ら困らない。
 
 
それに、理不尽だ、無駄だ、と思うことを嫌々やらせるのも私は反対だ。お金払って代行して「自力でやりました」と嘘つくのと同じくらい子供の教育上良くない。
 
意味ないけど、世の中ってこんなもんなんだな。
 
そうやって、理不尽耐性のついた思考停止な大人になってしまう。
 
秩序を保つには、義務やルールを時代に合わせて改変できる能動的な人々が必要なのだ。そしてルールを死守したいのなら、「義務」というだけでなく、それ相応の説得力を持つべきだ。
 
だが代行に批判的な人は総じて、こんな風に親や業者の人間性を問題視している。
 
でもそれって代行が流行る文脈をちゃんと読んでないのではないか?
 
 

現代の宿題の歪さ

 
そもそもの問題点は、金にあかせて子供に楽をさせる親でも、不正で儲ける業者でもない。なぜ、そんな需要と供給の関係が生まれたかだ。
 
 
それは学校の宿題が子供にとって無駄だ、と思われても仕方ない内容なのが原因じゃないか。
 
学習面だと、簡単な復習ドリル程度。塾の勉強のほうがはるかに難しくてためになる。
 
しかし、工作や自由研究がハンパなくかったるい。テレビで特集が組まれるくらい、皆悩んでいるのだ。
 
結局サイトやテレビの情報をパクって、親に手伝ってもらって、子供らしい、無難なものを作って終わり。悩んだ割に大したものはできない。
 
 
簡単で頭を使わないわりに、ボリューミーでめんどくさいくて時間がかかる。これでは、達成感も感じられない。あるのは「あー、やっと嫌な宿題が終わったー」という解放感のみ。
 
 
そんな時間があったら、子供のために中学受験や習い事に力を入れたい。こう思う親がいても不思議じゃない気がする。
 
ただ、中学受験の場合、小学校の成績を見る中学もあるし、内申点至上主義の高校受験ならなおさらだ。
 
 
代行業者は、そんな現代教育の隙を突くことができてしまった。斜め上の目線ができるちょっと賢い人たちなだけだ。
 

やらない価値観を認める

 
 
「宿題を自力でやることで、困難に立ち向かい学べることがある!」
 
「宿題をしなければ学力が落ちる」
 
「嫌なことを避けるようでは碌な大人にならない」
 
 
なーんて、そんなの分からないじゃん。代行業者はいなくとも、優等生の宿題丸写ししてた子は結構いただろうし、
 
宿題やるべき派は、子供にとって有意義と思われる宿題へ変化すること、もしくは、もっと説得力を持って宿題の意義を浸透させることが出来なければならない。宿題を自力でやる子は大人になってどのように成長してるかなど、具体的なデータが必要だ。
 
やらない派も、コソコソずるいことするべきじゃない。「カクカクシカジカの理由でウチでは宿題やりません」と胸張って言っちゃえばいいのだ。モンペと言われようが問題児のレッテル貼られようが、自分の価値観は大切にしよう。嘘つくよりよっぽどいい。
 
宿題やらないことに後ろめたさを感じる必要はない。当然の自由だ。そんぐらい開き直っちゃえ。
 
多様な価値観を始めから受け入れていれば、こんな業者もでてこないんだから。