ぴぃこの転職活動日記

26歳会社を辞めた私の転職活動日記

マンガ『惡の華』が描く、詰んだ先の景色

今まで、食わず嫌いしてて後悔しました。
 
 
このマンガ、面白すぎる。
 
 
一言では記事にならないので詳しく、ネタバレ交えて論じてます↓
 
 
 

普通の醜さ

 
冒頭から気になったのは、モブキャラの徹底した不細工さだ。
 
顔形とかではない。(あからさまに顔不細工なのもいるが)
 
 
行動がとても不細工なのだ。
 
 
自分が普通でいるために、
 
普通と見られるために、
 
ちょっとでも変わった奴を責める。
 
 
 
そんな必死な取り繕いが、実は変人変態なんかよりよっぽど醜い、普通不細工人間に自分を変えてしまっていることも知らずに。
 
原作者の押見修造さんが描きたかったのは、人が変態性を表す過程と同時に、普通であることに固執する滑稽さもあったんだ、と思った。
 

錆びた街

 
 
春日たちの住む町は、押見さんの故郷、群馬県桐生市がモデルだ。昔は栄えてて、中途半端な開発のあとに廃れた街というのはどこも似ているのか、私の父の生まれ故郷と共通する部分が多々あって、
 
錆びた看板、狭い世間。
 
時間が進んでいるのに、人は前に進んでない。
 
 
読んで行くと、変な感覚になる。変態であらんとする仲村さんと春日くんのやってることは勿論犯罪スレスレ。他人を傷つけるしめちゃくちゃなのに、シンパシーを感じてしまう。
普通に規範的に生きる周囲の連中より近い存在に見えて仕方ない。
 
彼らが街を残して前に進んでいるように見える。
 
学校なんて、町なんて、家族なんて、同級生なんて、
 
 
消えろ。
 
 
心のダークネスが、目玉の花となって大きく成長して背中を押して行く。
 

詰んだ先の幸せ

 
そして前半クライマックス。
 
町中にクソ虫の海を撒き散らした二人はとうとう、第6話でとんでもない事件を起こす。
 
まさにこれ、
 
こいつら、人生、詰んでね?
 
 
といった展開だ。
 
 
だが、登場人物たちはこの大きな事件の後、人生を大きく変えてゆく。
 
それぞれがそれぞれの場所を見つけて静かに生きていて、つまらなく見えしまう。
 
だが、街を離れた彼ら彼女らと、街に残されたものの間には決定的な差があった。
 
 
「あたし、おいてけぼりだ」
 
 
10巻での、木下のこのセリフが物語っている。
 
詰んだと思われた彼ら彼女らが、実は詰んだことで外の幸せを感じるチャンスを得ていた。
 
よく「仕事辞めて人生詰んだ」とか言うけど、本当に詰むのは何かを辞める失くすことじゃなくて、何かを失くしたくないがために停滞し続けることなんじゃなかろうか。
 
 
一波乱の後の幸せは、平凡であってもどこか特別だ。