ぴぃこ、息を吸う

26歳会社を辞めた私の転職活動日記

アウトプット型の人生

よく、人間の行動はアウトプットとインプットの2種に分類される。

本を読む、テレビを見る、音楽を聴くのはインプットとか。

文章を書く、ピアノを弾く、昨日会った面白い人について話すのはアウトプットとか。

それで、どれに秀でているかでインプット型かアウトプット型とか言われる。

私はどちらかというとインプット型の人間だ。

ブログを書く時間より、他の人のブログを見る時間が長い。本も書きたいと言いつつ読む時間のほうが長い。

そんな自分にコンプレックスを感じる。


アウトプットの重要性が叫ばれる時代に生きているからだと思う。

教室で教授の言葉に興味津々な学生より、ブログで発信したり、新しいサービスを作って起業する学生のほうが優秀だ。

真面目にノルマ達成するサラリーマンより、次々とヒットするアイデアを出すリーダーが優秀だ。

それは、もっともなこと。自分で考え行動する人間は尊敬する。


活躍するインプット型を見ても、その感覚は消えない。

先日、「博学」というクイズ番組を見た。

俳優、ジャーナリストなど、各界のインテリが集まってクイズに答え、博学を競う。

なんだか、全く面白みを感じなかった。博学とは、知識や教養の集積でしかなくて、インプットの権化の称号である。

普段は本業でアウトプットしている人も、その背景には膨大なインプットがあることを知った。だけど、博学という言葉が旧式な世界の褒め言葉なのだな、と知る。

名門高校に名門大学で高い知識を習得し、同じような学歴レベルの人と付き合い、論を交わす。

それが親父くさく感じる。

知識も学歴もそこそこで、いろんな経歴の人と付き合い、互いにアイデアを披露しては笑い合う間柄に憧れを抱く。

時代の影響か、私のコンプレックスが肥大しているだけなのか。

まだよくわからない。

わからないまま、アウトプット型の人間に憧れている。