ぴぃこ、息を吸う

26歳会社を辞めた私の転職活動日記

行動すればよかった、が一番キツイ

訳あってユリ熊嵐最新話が見えてないので、その感想はまだ書けていない。

代わりに、いま一番後悔していることを書きたいなって思った。いまと同じく、人間関係での失敗をしたことを思い出したからだ。

所属がない

大学一年生の10月のこと。私は所属していた新聞部を辞めた。理由は先輩に楯突いたばかりに人間関係を崩壊させたこと。同期の男子にウザがられ、同期の女子からもソッポ向かれる始末。

所属サークル無しになって、交流は学科の友達と住んでいた女子寮の友達だけ。将来マスコミ関係に進みたいと思っていたのに、これじゃアピールポイントがない。自分の無鉄砲さを恨んだ。

新聞部にいたい?新聞を作りたい?

自分が何をしたくて新聞部に入り、何をしたくて先輩と衝突してしまったのか?

あの頃の私はそれを忘れていた。最初は文章力をつけたいと単純に入部した。先輩たちに文章を直され見出しを作って怒られながら、新聞という媒体で学内の面白い話題を発信する。そのうち、大学4年間で学生たちの必読となるくらい一大コンテンツを作りたいと思うようになった。卒業後も形として残るそれは、とても魅力的な発信の場と思えたのだ。

でも、先輩と話していくうちに、そんな大言壮語な夢を抱いていたのは私だけだと気づく。

先代の人たちが書いた通り、やってきた通りの企画を載せればいいと誰も変化を起こさない。実験的なもの、他と摩擦を生むものはなるべく避けようという空気があった。そのくせ、顧問の先生や事務員の対応には「権力ふりかざしてる」と文句タラタラ。遅くまで部室を開けてくれる警備員さんにも横柄な態度をとる先輩や同期たち。

なんか、みんな新聞部にいるってことで満足してね?

そんな空気の中で、思うようなこともできず、自分も文句タラタラ人間に変貌していた。でも新しいものを作りたいという気持ちはなかなか消えない。

私は、面白い新聞を作りたいだけなのに。

ジレンマでどんどん心は腐り、他人と摩擦を起こしては、故郷の母に電話で泣きついた。

あのとき行動すれば良かった

思えば、いつまでも新聞部にこだわる必要なんて、まるでなかった。

5人あればサークルは作れるし、パソコン持ってたし、ネット使い放題の寮に住んでたのだし。自分一人でも発信する方法はいくらでもあったはずだ。

でも、その反動で専攻する学問に没頭した。アニメの世界に逃げたりもした。新しいコンテンツを、という気持ちは薄らぎながら、くすぶり続けているにも関わらず。

あのとき、行動していれば、未来はだいぶ違っていたはずだ。学生という身分なら許される範囲も社会人より広いし、何より話題性もある。

ブログで回収する

しかし若くもない、学生でもない、時間もたっぷりあるわけではない今、当時やるべきだったことをしている。特権を失ってもなお、やれることといえばブログやSNSで自分の考えを発表すること。


「あのとき、行動していれば…」

正直、誰にも見てもらえないブログを更新するのはキツイ。ただ、活動が報われなくても、この後悔の気持ちだけは回収できるはずだと信じている。少しでも多くの青春時代の失敗を回収できれば、と変な期待を胸に頑張っている。