読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぴぃこ、息を吸う

アニオタ混じりのエイターで、絵を描く自称会社員のブログよろしく!

フェミニズムは敵だが「キモくて金のないおっさん」を救う義務もない

なんか面白い議論だと思うので一筆書いてみたくなった。

強者の男女からは眼中にもない「キモくて金のないおっさん」に代表される救われない弱者男性。では、そんな彼らは弱者から抜け出せないのはなぜか?

ここでは私が属する弱者女性(低収入、無職、無縁、モテないのどれか一つにでも当てはまる)の視点で論じていきたい。

フェミニズムの罪

上のTogetterの主張を要約すると、

「男女の別でなく、収入や社会的地位にによる格差の方が深刻である。自分たちが弱いものを差別してるとフェミニストは受け止めろ。そして弱者男性も救え」

となる。

確かに社会が成熟複雑化した現代、男女の別以外の格差は深刻だ。

むしろ正社員か非正規かの違いが、幸不幸を決めている部分がある。

そして、フェミニズムの犠牲者は女性の中にも実はいる。フェミニズムがあったから、といって女性を取り巻く環境は全くというか、むしろ悪くなってる部分もあるのだ。

「女性もバリバリ働かないとダメな社会」がフェミニズムによってもたらされた結果、得したのは男性社会に媚びる一部のエリート女性。「バリバリ働け」ない女性、可愛げのない女性はますます貧困に追い込まれた。

では、弱者女性が弱者男性と共闘するのか?

答えはノー。

だって、目指すものが全然違うから。

目指せ、戦前!なキモいおっさん

弱者女性が求めるものは「尊厳が守られる社会」

苦しい時に苦しいと言える社会 暴力を振るわれたら逃げられる社会 一人でも子供を育てられる社会 ハラスメントを受けずに働ける社会 非正規でも、30過ぎても人間扱いされる社会

である。現代の変化に沿った新しい社会の形を作りたいのだ。

かたや、弱者男性が強者男女と闘って得たいものは何か。それは

キモい、金のないおっさんのままで強者男性と同じ待遇をうけること、なのだ。

かつての日本では、男性は誰もが強者みたいな時代があった。私の祖父母の世代はまだゴリゴリの男尊女卑社会で、女はひたすら耐えるしかなかった。この時代からのルサンチマンが、歪んだフェミニズムを産んでしまったとも言える。

旦那が稼ぎがないくせに愛人作っても、 呑んだくれて暴力振るっても、

妻はじっと耐え続けるしかない。田舎はとくに顕著で、嫁さんは馬鹿にされ農作業にこき使われていた。

マンセーといったところか。

今では一部の強者男性にしか許されないやりたい放題な男性天国、そんな復古的な社会を望んでいるのだ。

だから、自分たちがなぜ「キモい」のか「金がない」のか、そういう話は置きざりにして、

「昔はこんな俺たちでも認められた女に困らなかった。なんで今は…やっぱ女のせいだ!女のくせにぃぃぃ〜‼︎」

と、勝手にルサンチマンを膨らませてる。

いやいや、その発想がキモいんだってば。

絶対関わりたくない

強者男性には優越感を見出す道具にされ 強者女性にはシカトされ 弱者女性にも気持ち悪がられる。

「キモくて金のないおっさん」は誰もが絶対に関わりたくないルサンチマンサンクチュアリになってしまった。

それに本人たちが気付かないのが、まずヤバいんだよね。