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ぴぃこ、息を吸う

アニオタ混じりのエイターで、絵を描く自称会社員のブログよろしく!

【夢に区切りって必要?】ジュウロウさんの話

仕事・スキル 学生時代

大学合格を目指して、塾に通っていた時のこと。

現代文の先生がとても脱線しがちな人で、全く関係ない昔話を授業の合間によくしていた。彼女の話はとってもおもしろかったので、今でも時折思い出して笑ってしまう。

だが、その中でも私が歳をとるつれ笑えなくなる話が「ジュウロウさん」だ。

ジュウロウさんの夢

先生が浪人生で予備校に通っていたころ、同じクラスに「ジュウロウさん」と呼ばれ皆に慕われている受験生がいた。

察しの良い人はお気づきかもしれないが、漢字にすると「十浪さん」。

彼は東京大学医学部を受験して10回失敗していたらしい。「ホントは5回」とか諸説あったが、周りの受験生よりずっと老け顔で予備校のこともよく知ってたし多浪なのは事実だったそうだ。

そんなジュウロウさんも、長年の努力の甲斐あって東京大学医学部に合格した。予備校の先生も受験生仲間も彼の合格をとても喜んだ。

先生は言った。

「何回も同じ勉強をして同じ大学を落ち続けるということは尋常じゃない。でも彼にとって、その10年間で同じ1年だったことはただの一度もないんだよ」

何度チャレンジしてどれだけ失敗しても、無駄なことなど一つもない。その経験は蓄積されて人生を豊かにしてくれる。

あの頃の私はただの笑い話として聞いていたけど、先生はそう言いたかったんだと思う。

夢に区切りって必要?

為末大さんの『諦める力』のヒットをはじめ、「諦めなければ夢は叶う」「努力は報われる」を否定することが昔より悪いことではなくなった。

「諦めなければ夢は叶う」「努力は報われる」は幻想だと私も思っている。先の話も、東大医学部を早々に諦めれば、ジュウロウさんが他の道で活躍する未来があったのかもしれない。

そして、その諦めと合わせて語られるのが「夢に区切りをつけること」

区切りをつけた方がそれまで本気で夢に取り組めるし、ズルズル夢を追って人生を棒に振ることもない。スポーツや資格試験では年齢が明確な基準にもなるから、区切りを付けざるを得ない。

でも、大体のものはその区切りが曖昧でめちゃくちゃ難しい。

ジュウロウさんも10年間本気で受験勉強してなかったから落ちたのではない。区切りをつけて他の道を見つけると言っても、「親も東大出身の医者だから絶対東大医学部!」ならそんなの無理なわけで(現実に他の道はあっても本人には見えないという意味で)。

どこが夢の適切な区切りかも分からないのに、諦めることができないのがジュウロウさんはじめ普通の人の感覚じゃないか。

ズルズル生きるのも許容しよう

1、当初の夢を叶えた人 2、諦めて違う道へ行き幸せになった人 3、叶えることも諦めることもできずズルズル生きてく人

1はなかなかいなくて、ほとんどの人は2になって生きていく。でも、2から外れれば3の道で果ては人生棒に振る人もいる。さらにやっかいなことに、3は1より多い。

だったら、「ま、そういう人もいるんじゃね?」と思って3を受け容れていく姿勢も周りの1や2には必要だとわたしは思う。

「諦める」事が悪いことではないのなら、「諦められない」ことも悪いことじゃない。