ぴぃこ、息を吸う

26歳会社を辞めた私の転職活動日記

不登校で必ず「社会性」を持ち出す人の心理

「友達を作り、先生という親以外の年長者とコミュニケーションをはかることで、社会性を身につける必要があるから、学校へ行くべきだ」

という人がいる。

正直、ゴミ意見だな、って思う。

学校へ通うことを肯定したいなら、

「私は友達に恵まれて、先生もいい人だったし。学校行くの好きだったよ」

でいいのではないか?

すごく美味しいジュースがあったとしよう。

「濃厚で、果物の甘みがそのまま出てる味でとても美味しかったよ」と飲んでみた自身の感想を言って勧めるはずだ。

「このジュースには、○○成分が入っていて、血液サラサラ効果があるんです」って言われても

これ、マズイから効能言うくらいしかないのかな。てか味はどうなんだよ。

としか思われないのと同じ。

学校へ行く意味を説くなら、学校生活で良かった点、現在の生活に活きている経験という、自分の言葉で自分だけに話せる内容で主張するべきだ。

実体験を聞けば学校不要論者な私でも、「本当に楽しく意味を持って通ってる子たちがいるなら、学校もアリかな」と思える。

よくある「社会性を身につける」的な曖昧表現をまず全面に出してくる時点で、「学校行ってて良かったと思えることが一つもない」と言っているようなものだ。

「あんなつまらなくて、無駄にしんどい時間、社会に出るために必要だと思わなきゃやってらんない」

がたぶん本音なんだろう。

自分の言葉で語れないのは、学校の理不尽さを暗に認めてしまっていることに早く気付いてほしい。