ぴぃこ、息を吸う

26歳会社を辞めた私の転職活動日記

「ふざけてただけ」は一旦無視しよう【いじめ撲滅のためにできること】

前々から気になっていたので、書いておきたいなと思う。

いじめている生徒が先生に相談して、いじめた側にも

「ふざけてただけ」 「じゃれてるつもりだった」 「冗談だった」

と言って、先生が納得してしまうこと。

しかもいじめられている生徒に対して、

「○○もそう言ってるから気にするな」

とか言っちゃう、マジで最悪なパターンがある。

何故みんな、この「ふざけてただけ」を無視して考えられないのだろう?

開口一番は99.9%いじめ

「いじめ、いじめじゃないの判断が難しい」と大人は言う。でも、そもそもいじめは見分けるものじゃない。初期段階で芽を摘むものだ。

初期段階を見つけるために、嫌がらせをやった側の発言に注意する必要がある。

やった側が謝らずに開口一番に以下の発言をしたら99.9%いじめと判断していい。

「そんなつもりありませんでした」 「冗談です」 「ふざけていただけです」 「じゃれてるつもりでした」

やられた側がどう思ったかなんてことはさておき、自分の立場だけで弁明している。

本当に相手との仲を大切にしたいなら、「ごめんなさい。嫌がってることに気づかなかったです」と言うべきなのに、そう言わないのはなぜか。

いじめている側が心のどこかで、いじめられている側が傷ついても関係ない、と思っているからだ。彼らの心理はこうだ。

「そのくらいで、傷ついてんじゃねーよ」

こういった感覚があると、これからどんどん相手への嫌がらせがエスカレートする危険がある。「ただふざけてるだけ」の言い訳は大人が早めにピシャリとたしなめるべきだ。

「○○はそう思っていても、相手が嫌がることを執拗にやるのはいじめって言うんだよ」

ちゃんと子供のことを思っているなら、相手への想像力を養わせる役目を負わないといけない。

平等に聞くのは間違い

それでも、なぜか双方の話だけ聞いてなあなあにしてしまう教師が多い。

なんでも、「双方から平等に主張を聞く必要がある」と思っているらしい。

平等に意見を聞いても、誰も幸せにならないのは明々白々。それでも平等ごっこ続けているから驚きだ。

平等ごっこと言ったのは教師が「後でどちらかの親に責められたり、上司に報告されるのはいやだ」と思っているからで双方の主張を聞きたいからでは全然ない。

それに、教師にこれをされたら、いじめられている側はどう思うか?

「結局、先生はいじめっ子の味方をするんだ」と絶望する。

**何も相談しなくなる ↓ 大人の知らないうちにいじめが深刻化する ↓ 最悪の事態になる

そして社会に学校不信が広まる。子供も親も教師に何も期待しなくなる←イマココ**

繰り返すけど、教師はじめ周りの大人が一番やらなくてはいけないのは意見を聞くことじゃなく、いじめの芽察知し摘み取ることだ。

誰かの顔色をうかがわないことが大切なのだ。

いじめの芽を摘むために

「じゃれてるつもり」は一旦無視する いじめは見分けず芽を摘む 「自分の発言が捉えようによっては誰かを傷つけること」を諭す 平等に話を聞こうとしない 「今後同じことをしたら厳しい処分が下るかもしれない」といじめた側に

これを守れば、深刻な事態にならずに済むし、いじめた側もいじめられた側も傷が浅くて済む。

まず、大人が変な常識を取っ払って、子供の立場に立てたら、それだけで大きな前進になるのにな、と思っている今日この頃。