ぴぃこの転職活動日記

26歳会社を辞めた私の転職活動日記

多忙はいじめのSOSを無視した言い訳になるか?

岩手県で、また男子中学生がいじめを苦に自ら命を絶ってしまった。

担任との記録ノートに、いじめの存在や死をほのめかす内容が綴られていたにもかかわらず、担任が的はずれな返答どころか、明らかに軽んじているメッセージを書き込んだ。しかも校長にすら報告しなかったことが問題になっている。

もちろん、担任教師の責任追及の声は各方面で上がっている。

一方で、

**学校全体の問題で担任だけが責められることじゃない

教師の労働時間が長く仕事量が多いので、子供1人に構っていられない**

とかいう意見もネット上にちらほら見受けられる。

確かに、今の日本の教育システムは子供をいじめるためにあるといってもいいくらい崩壊してるし、教師1人で解決は無理だろう。

でも、「忙しい」は人の死を見逃した言い訳になるのか?

人の命は仕事より重い

仕事量が多くても、優先順位くらいはつけられないか?

プリントは去年のものを使い回すとか、色々事情を作って部活顧問も上手くサボったり、有休をとって当事者を家庭訪問するとか。

書類作成のミスや部活での不在はあとで「すみません」で済むけど、人の命は「すみません」では済まない。

最後の砦が敵になる

「親に言わないの?」と思うけど、思春期の子が学校での出来事を親に言わないのは普通だ。そして、まじめでいい子ほど言わない。

「親を心配させたくない」

と思う気持ちが勝ってしまう。だからこそ教師に相談する。本来教師は最後の砦だ。

でも、肝心の教師がなぜか生徒の心や命を軽んじている。

親友が「死にたい」とLINEしてきたら、夜中でも付き合うように、「死にたい」と書く生徒には学校外で積極的に話すくらいできないか?

それをせず、的はずれな記録ノートを機械的に書いていた。自分の学校での立場を守ろうとした心理があると思われても仕方がない。

いじめを見て見ぬ振りをするのは、いじめに加担しているのと同じだ。それを教師がやってしまった最悪のパターンだ。

やはり「忙しい」は人の死を見逃した言い訳になんてならない。