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ぴぃこ、息を吸う

アニオタ混じりのエイターで、絵を描く自称会社員のブログよろしく!

毛ってなんなのよ?『スイートプールサイド』感想【ネタバレ】

漫画レビュー

気づいたら、夏が終わっていた。

見上げたら空は真っ青で秋の雲がでている。

結局、今年も海やプールの類には行かなかったなー。せっかく痩せたのに。

ツルツル美肌で胸はパッドで誤魔化してビキニ着たかったわー。

だが、夏は過ぎてもきちんと脱毛ケアは怠らない。ビキニのために今までのサボテン状態を反省したのだ。冬もケアをしつづけるつもりだ。

女子力上げた〜い!(バカリズムのコント風に)

という単純な理由で。

そんな私を見た母は、肌に良くないという理由で脱毛熱に反対している。

確かに、あって害のあるものでもないし、むしろ肌を守る作用もある。そもそも、なぜ女子だけ脱毛をしないといけないのか?そもそもムダ毛とは?(ゲシュタルト崩壊)

昔、『ネネットとボニ』というフランス映画(いかがわしくない普通の)をみて、女優さんの腋毛が真っ黒ボーボーで、ストーリーに全く集中できなくなった思い出がある。エッフェル塔の国では、腋毛はムダ毛じゃないっぽい。

その一方で、ヨーロッパの人はデリケートゾーンのムダ毛はきちんと整理していて、日本人のボーボー具合は理解できないとか。

国によってもムダ毛の概念が違うらしい。

脱毛は女性の身だしなみ、となったのはいつからかは全くわからないが、知れば知るほど奥の深い世界である。

そんな脱毛の世界をマンガに昇華させている天才がいる。

押見修造の作品『スイートプールサイド』を紹介したい。

ゆるい同志

中学生の太田は年頃の男の子なのに、髪の毛まゆ以外体に毛がない。そんな女の子みたいな容姿を、クラスメートから「つるつる坊や」とからかわれて憂鬱な日々を送っていた。ある日、同じ水泳部の女子後藤が、脱毛に悪戦苦闘する場面に出くわしたは、「」と後藤の脱毛を手伝うことになるのだが…。

テーマはズバリ「毛」

なので、緊張感溢れる剃毛シーンが何度もでてくる本作。爆弾の赤い線切るか?青い線切るか?みたいな心臓どくどくものなのだ。

すね毛ジョリジョリ剃ってるだけなのにね。

てか、太田の剃るときの顔!

とまあ、この時点で

え?男子に頼んじゃうの?

ってなるわけです。

デリケートな問題なだけに女の子同士で剃ってもらえばいいのに!ってなる。

しかし、彼と彼女のコンプレックスを展開してみてほしい。

男なのに、毛がない。

女なのに、毛深い。

周りの同性と共有しえないコンプレックスを持つ二人は、もはやこの時点で同志だった。

女(男)同士だから、分かり合えるっていうのは実はそうそうなくて、同じようなコンプレックスを抱くもの同士のほうが互いの気持ちに寄り添えるってことなのかも。

綺麗なもの(ネタバレ)

毛のコンプレックスで繋がっていた2人だが、ある日後藤は太田に剃ってもらうのを辞めると言いだす。 後藤は水泳部の先輩に片思いしていた。先輩への想いがありながら、太田に毛を剃ってもらうのに後ろめたさを感じていたのだ。

マンガには明確に書かれていないけど、同じ女として後藤のジレンマはよくわかる。

先輩に近づきたいのに、他の男性である太田に剃毛してもらうわけにはいかない。でも、毛ボーボーな自分では先輩に嫌われると思い込んでしまう。

先輩への想いを断ち切るため、大事なところの毛を刈ってもらおうと太田をプールサイドに呼び出す後藤。

でも、太田は言う。

「剃れないよ、そんな綺麗なもの」

綺麗なもの

綺麗なもの!

そうそう、こんなことは言えないぞ、漢太田!

単なる体質に過ぎないのに、人間関係がうまくいかない、コンプレックスの原因に自分からしてしまっていた後藤。

なんとなく、身につまされる。

ムダ毛はただ社会的に定義されているものにすぎないし、ムダ毛処理はその社会的定義に準じるための単なる身だしなみだ。

それ以上の意味は何もない。何もない中に意味を見出し、興奮したり幻滅するのが人間なのだ。

太田にとって、後藤とちょっぴり変わった青春を作ってくれた後藤の毛は綺麗なもの、に見えたのかもしれない。