ぴぃこの転職活動日記

26歳会社を辞めた私の転職活動日記

何者でもない私が読んだ『左ききのエレン』

大好きで毎週欠かさず読んできました。

cakes.mu

今まで毎週ツイッターでシェアして感想を言ってきたけれど、クライマックスに近づくにつれ、140字では物足りなくなってしまったので、感想を長々とブログに綴りたく存じます。

※まだまだ、最終回に向けて加筆修正するかもしれません。よろしくお願いします。 ※できるだけネタバレにならないように書きましたが、感のいい人は内容が予想できてしまうので、ここでブラウザを閉じ、まっさらな状態で読んでください。

左ききのエレンとは?

左ききのエレン』は名作です。知らない人がいないんじゃないかってくらい名作です。

しかし、私が住んでいるのは大いなる田舎、名古屋。かっぴーファンを見かけるどころか、ネット漫画の話題すら語られません。

ネットでこんなにバズっているのに、広告業界やIT業界の人でも「左ききのエレン」を知らないことにびっくりさせられるほどです。そんな体験を嫌という程してきたので、「エレンってなに?」の人のためにまずは内容紹介をします。

天才になれなかったすべての人へーー。 朝倉光一は、大手広告代理店に勤める駆け出しのデザイナー。いつか有名になることを夢みてがむしゃらに働く> 毎日だが……。「フェイスブックポリス」で一躍話題になったかっぴーさんが挑戦する、初の長編ストーリーマンガです。 https://cakes.mu/series/3659

Kindle単行本をシリーズ別にするとざっとこんな感じです。

高校編
1巻 横浜のバスキア
2巻 アトリエのアテナ

光一社会人編
3巻 不夜城の兵隊

美大生編
4巻 対岸の二人

ニューヨーク編
5巻 エレンの伝説
6巻 バンクシーのゲーム

再び光一社会人編
7巻 光一の現実
8巻 物語の終わり

クライマックス
9巻 左ききのエレン・前

天才と凡人

始まりは横浜。天才的な絵の才能を持つ山岸エレンと、「何か」になることへ憧れる朝倉光一は同じ高校の同級生。ある事件をきっかけに光一とエレンは出会い、同じ美術教室に通います。エレンはアーティスト、光一は大手広告代理店のデザイナーと別々の道で苦悩する二人。しかし再び、様々な出会いを通して変わっていった二人の運命は再び交差していく。

「天才と凡人」という永遠のテーマに沿って、仕事で夢を追うことのリアルな描写が多くの働く人の心を揺さぶる漫画です。エレンと光一以外の登場人物も人生と仕事が丁寧に描かれている本作は、「お仕事漫画」のジャンルに新しい厚みを与えてくれています。

私に響く物語。

本作のキャッチコピー

「天才になれなかったすべての人へーー。 」

私も凡人です。しかも何者かになりたくて、ただもがいている無職の凡人。この物語が響かないはずはありません。

モヤモヤすることだらけの日々に勇気を与えてくれるのです。

私だけでなく全ての凡人に、「私のためのストーリー」と思わせる作品なはずです。もっと大きく羽ばたいて欲しいと日々願うばかりです。

リアルな冒険

早くから画力と物語のアンバランスさが話題となり、「下手なのにハマる」と話題になっていた「左ききのエレン」。私も最初はそのギャップで衝撃を受けましたが、あまりにそこだけ注目されてしまうのが私は好きではありません。

あと「ネット漫画なのに」とか「SNSで火がついた」とか。

公開媒体や画風は一旦置いといて、作品性に注目しましょう。

エレンは、現代が舞台の漫画の中でもスケールが大きい作品です。

横浜に始まり、ニューヨーク、上海へと舞台を広げ、相関図にのる登場人物は62人(モブを含めたら80人くらいいるかも)。

cakes.mu

現代の現実世界を舞台にしているのに、ニューヨーク編ではファンタジーや冒険の要素もある。にもかかわらず読者を白けさせないくらい現実的なのです。これでもかというくらいに「仕事をする人間のリアル」が詰まっています。

たくさんの人がひしめき、袖すりあう世界。一緒に仕事をし、対立し、別れ、また出会うという、現実世界そのままをエレンと光一は生きています。

膨張から収斂

思った通りにいかなくて、もがいて、時に人を傷つける。62通りの人生をそのまま私たちは追体験をしている感覚で物語を読み進めます。

これだけの登場人物を出しながらも、決して無駄な人物など一人もいません。

「天才になれなかったすべての人へーー。 」

この言葉の元に、バラバラに見えるすべての登場人物は結集していきます。ほとんどの登場人物が天才ではなく、いつもそばに天才がいる人々であることがその証拠です。

海外まで広がり、膨張したストーリーにワクワクし、全てが一言のコピーで収斂されていくクライマックスの過程に心をざわつかせる。

そうして、読者が最終的に行き着く先は「朝倉光一とは何者なのか?」という問いです。

「何か」になるとは?

左ききのエレン」の主人公が山岸エレンなら、「天才になれなかったすべての人」の代表が朝倉光一です。

天才ゆえに孤立し、葛藤を抱えるエレンが物語の軸かと思っていたら、後半から光一が中心となって物語は進行します。

生まれつき絵の才能に恵まれたエレンと正反対の、天才に憧れる凡人であるところの光一。凡人であるがゆえに良くも悪くも他人の影響を受けやすい男で、クリエイターや憧れの上司にすぐにかぶれる。

大手広告代理店のクリエイティブという、誰もが憧れる職についた彼は、先輩や上司に翻弄され自分を見失っていきます。高校生の頃からなりたかった「何か」になれない日々。しかも、社内での立場もさらに厳しい方向へと進みます。

中二病を卒業できないまま、大人になった。上手くいかない光一の姿に自分を重ね、同族嫌悪を募らせる人も多いはずです。私も当初は嫌いでした。

その同族嫌悪の正体は、彼の強い憧れと焦燥にあるのだと思います。

高校生の頃から光一が目指す「何か」は佐藤可士和のような有名デザイナー。そして入社後は神谷に心酔する。「何かになるんだ」とは結局誰かの背中を追っているだけで、自分自身を確立させていこうとはしません。

そんな光一に共感しつつ「何かになるって、そういうことじゃないんじゃない?」と私は語りかけたくなってしまいました。でも、私も凡人なので明確に言語化できない。

佐久間威風の言葉

クライマックスあたりから、強烈な存在感を放つ人がいます。

世界的カメラマン 佐久間威風

共感覚という能力を持ち、世界的な写真家である彼。天才なのか、猛烈な努力家なのかわからないがエレンと同じスター的存在であることは間違いない。

光一に向けた「お前誰だ」というセリフ。

彼の半生、言葉が「何か」になることへのヒントをくれます。

はたと気づいたのです。

私は「何者か」になることの意味に気付かされます。

痛々しいかもしれない。 人を傷つけるかもしれない。 一生、なりたい「何か」になんてなれないかもしれない。

でも「何か」になることをサボらない。自分自身の中にあると気づかせてくれるのです。

※まだまだ書き足します。